July, 2017

「光へ~Hikari」

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みなさま、こんにちは。
7月が始まっています。
メッセ-ジ、遅くなりごめんなさい。

梅雨のこの季節、ここ数年前から各地で大雨が降りますね。
昨年だったか、一昨年だったか?
川崎の家でマンションなのに雨漏りしたことがありました。
屋上の排水が間に合わず、なんと二階のわたしの部屋の天井へ。
ベッドで寝ていたらポタポタポタ・・・。
そんなこともあったなぁ・・・。

さて、今月は6日にNHKのドラマの締め切りがあり、
それを無事に上げて
翌7日から9日まで福岡へ「七夕の旅」に行って参りました。
今年88歳になる父が「七夕会」なる同窓会に出席するのに付き添いの旅。
と言っても、弟とわたしと娘のさよこと孫娘のさゆみと一緒に
付き添いというよりプチ家族旅行です。
福岡はご存じのように大雨で大変な様子でした。
行けるのかしら?
七夕会自体、出来るのかしら?
なんて、締め切りとにらめっこしながら・・・
行くことなら行ける。
行かなくていいことなら行けなくなる。
だから、何も心配しない。

高齢の父との旅は、この先、そんなにたくさん出来るわけではない。
福岡は五年ぶりだし・・・。

そして、締め切りは間に合い
福岡の友人と電話で話すと「小雨になってて何も問題ないよ」とのこと。

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 「旅のシンクロ、ミラクル」

まず、名古屋の自宅からセントレアに向けて出発。
タクシ-で金山駅に向かったところ、予定している電車にぎりぎり間に合う
かどうか・・・。ん、あと五分。
で、駅に着くと、列車が遅延していて・・、おかげで乗りたい電車の切符
を買う。窓口の方が「10分から15分遅れるかも知れません」と。
結局、待ち時間5分で来ました。
電車が定刻通り来ていたら乗れなかった。
またしてもダイヤを自由自在に変えてしまった。
(こういうことは多々ありますよね)
☆ここで、タクシ-に乗ってる時からイライラして間に合わない、
どうするんだ?・・・と焦ると、現実もその通りになる。

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 福岡空港~博多駅へ。
 博多駅で弟、父と合流してレンタカ-を借りて宗像市鐘崎へ向かう。
(結構、88歳と1歳10カ月にとっては強行軍です)
 鐘崎行きを決めたのは弟。(三人姉弟の末っ子で名前は『光』)

鐘崎は父の父、つまりわたしの祖父の生まれ故郷。漁師町です。
祖父は苦労の末、貿易商として成り、あの「海賊と呼ばれた男」とも親
しかったそうです。よく、父が昔、おじいちゃんのル-ツは海賊だと言
っていたのはあながち嘘ではなかった。
祖父は貿易とキリスト教の布教に生き、後に鐘崎に別荘を建てました。
おかげで父たちは幼少の頃、夏になると鐘崎で過ごしたようです。
父の父、わたしのル-ツの一つでもある鐘崎。

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地図も持たず、適当に到着。
祖父の別荘は何処にあったのか?
父の記憶から、あの山の丘の辺り・・・とか。
海には島がいくつか浮かび、初めて見る雄大な景色。
こんなところで祖父は育ち、父たちも過ごしていたんだ・・・。

さて、神社の先にまだ道がある・・行ってみよう。
光が適当に車を進め、港の先で停車。
わたしたちは降りて、景色を楽しむ。
父は車に腰掛けたまま(彼は車椅子使用の人)
そこに一人の初老の男性が通りかかりました。
(鐘崎の町で出逢ったのはその人だけ)

父はその見ず知らずの男性に声をかけた。
「この辺りに高岩勘次郎というのがいて・・・」
---祖父は生きていたら130歳以上。そんな人のことを
   この人に聞いても・・・。
「わたしの父なんですがね、別荘があったんですけど。ご存じ
ないですか?」
---老人は尋ねる。すると・・・
「わたしも高岩ですが」
「え?・・僕(父)が高岩です」
「わたしも高岩です」

 つまり、その方は「高岩」さんだったのです。
 しかも、現在、鐘崎の町にたった一軒の「高岩」さん。
---ってことは、きっと親戚?遠縁?

 その方は映画でよく「製作 高岩」と出て来るのをご存じでした。
「あ、それは父(この人)なんです。最期に創ったのは『男たちの大和』
でした」
「僕は60年、映画を作って来ましてね」と父。

---その高岩さんもキツネにつままれたようなお顔。
   そして、
「高岩別荘というのがあの丘の上にありました」と、
教えて下さいました。

この出逢いには父も弟の光もわたしたちもびっくり。
「不思議なことがあるもんやなぁ・・・」と。
その方は漁師さん。今日は休んでいてたまたま散歩していた。
わたしたちがそこに着くタイミング、その方が歩かれるタイミング。
というより・・・引き寄せられたような「出遇い」でした。
---父は
「わたしは京都に帰ったら、あなたにお手紙を書きます」と。
その方のお名前は「高岩丈次郎」さん。
祖父の勘次郎と一字違いでした。

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鐘崎から博多に戻り、父は九州在住の懐かしい部下の方たちと
再会、会食。わたしたちも同席しました。
そして、さよこも今は博多に住んでいる高校時代の親友と再会。
わたしは七夕の夜、ホテルの部屋で孫娘のさゆみと二人でお留守番。
わたしにくっついていつの間にか寝入るさゆみ。

大雨、災害が報じられている同じ福岡にいる。
ありがたいことに、わたしは家族とともに宝物の時を得ていた。

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翌日は能古島に暮らす従兄、檀太郎夫婦の家を訪ねて・・・。
姪ケ浜からフェリ-で10分。
太郎が60過ぎた頃、暮らしていた石神井の家の敷地のど真ん中を
道路が通ることになり、立ち退き。父、檀一雄が最期を暮らした島
、能古島に家を建てました。畑、果樹園を自分でやって・・・。
夫婦揃って料理研究家なので、その手料理の美味しいこと。

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その日、天気予報では雨でした。
けれど、なんの心配もしなかった。(フェリ-、雨だなとか)
すると、美しい青空のもと、能古島に迎えられました。

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夜は父を弟に「七夕会」に送り届けてもらい
わたしとさよこ、さゆみはホテルから散歩がてらテクテク・・・。
適当に歩いて行くと・・・また出逢った。
素敵な本屋さん。絵本を中心に素晴らしい本ばかりある店。
そこで、いくつも懐かしい本を見つけ・・・今は手元になくなっているので
「さゆみに読んであげたい」と購入。
さらに、わたしも「平和への祈りの朗読劇」のために読みたい本を見つけた。
ただ、何の情報をなく歩いただけです。

弟と合流して、またまた適当に見つけたお店で夕食&呑み。
なんとなく、なんとなく・・・の直観で動くとすべてはうまく行く。
そのお店はこじんまりしていて初め、私たち以外お客さんがいない。
なので1歳10カ月のさゆみは自由自在。
美味しいお料理とビ-ルを堪能させて頂きました。

ほんとうにすべはうまく流れている。
何の心配もしない。
ただ、ただ、ありがたいなぁ・・・嬉しいなぁ、楽しいなぁと。

そして、空港までは弟が車で送ってくれて
遠くで雨が上がった山々に雲海がなびいて
それはそれは幽玄な景色でした。

こんな旅が出来たのも、我が家で一番楽観的でエゴの少ない人、
弟の光のおかげです。
そして、もちろん、きっとご先祖さまのお導きとお守りにも感謝。

さて、旅のつれづれを綴りました。
今月、何をお伝えしたかったか・・・と言うと。

今、すごいエネルギ-が押し寄せています。
結構、強いです。
だから、天候などにも影響している。
個人的には、身体や精神的に色々受ける方もいらっしゃるかも
知れません。
外ではさまざまなことが起きて来ます。
けれど、外に振り回されないでください。
ますます、自分の軸が大切になって来ます。

自分がどう在りたいか。
どのように生きるのか。
すべてわたしたちの選択にゆだねられています。
誰も強制などしない。
あなたは自由です。

わたしは創作を楽しむ。
家族との楽しく穏やかな時も持つ。
チベット体操もどんどんお伝えする。
そして、自分を愛し、大切にする。
この地球に今、生かされていることに心から感謝して。
わたしの使命を歓んで果たして行きます。

今、次元が分れていて
それでいて混在しています。
福岡の旅でよりいっそう分かりました。
波動を上げていること。
高い波動を保っていれば高い次元を生きることになる。

さあ、チベット体操です。
教室や、教室のあとの課外授業(飲み会)でお伝えしています。
チベット体操はライトボディ(光のボディ)を創って行きます。
高い次元を生きるには、ライトボディが必要です。

整えて行きましょう。
ボディ、マインド・スピリット。

肉体も活性化、浄化する。
心も。
エネルギ-も。

どうかチベット体操を続けてください。
出来れば21回完成継続が望ましいです。

暑い、熱い、アツイ夏を
チベット体操でスイスイ行きましょう!

長くなりました。
読んで下さってありがとうございます。

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愛と感謝をこめて

梶本 恵美